2016年9月30日金曜日

おのれこそ、おのれがよるべ・・・

僕のとこにある(マキビシ)は、針のところに返しがついていて、一度刺さったら、肉ごと抉らなければ抜けないようになっている。
黒く燻されているので、薄暮時以降、外では絶対に見つからないだろう。


これはある鍛冶職人さんが博物館に収めるために試作したものを分けてもらったので、実際使われていた本歌ものでは無いが、昔使われていたものを基に忠実に再現して、悪意、害意がむき出しで形状化されており、禍々しいことこの上ない。

...
一説によると、撒く前には馬糞や人糞など、汚いもので汚してから撒く。破傷風感染を期待しているらしい。
刺さった人を放っておくこともできないだろうから、数名の追っ手の足を止めることができる。一度刺されば、侍ならばしばらく出仕はできまい、というかそれがもとで武士を廃業、切腹をするところまで追い込まれた人も居たかもしれない。


そういったものを、そんな話を聞かせながら、僕は忍者教室に来た子供たちに触らせている。
となりの子が、マキビシを持つ子を転ばせたら・・・
持ってよそ見をして踏んづけたら・・・
投げつけて目に刺さったら・・・
最初はそういう心配で身体が固まったものだった。
こういったものを純真な子供たちに触れさせていいのかな?という想いもあった。


でも、実際に持たせてみると、ふざける子供は一人もいない。だって、ふざければ大けが、悪ければ死んじゃうってすぐわかるものだから。
神妙に先っちょを触って、ぶるっと震えて、そーっと隣の子に渡す。片手で扱う子なんて滅多にいない。ここのところは大人よりもずうっと弁えた動きが出るので感心する。

「・・・みんな、こんな怖いものが、ばらまかれて落ちていたり、暗くなったら狼や山賊がいるような時代、みんなのご先祖さまたちは大変だったんだろうね・・・昔の戦の時代に生まれなくて、本当によかったよね!!」というと、素直にコクリと頷くのだ。




だってそうでしょう?街灯もある。お巡りさんもいる。飢饉で親に売られることもない。人さらいや野盗なんかがうろついているわけでも無い。何よりマキビシが落ちていない夜道の素晴らしいこと!!これ、みんなあたりまえだろ!って思ってませんか??


・・・平和が、水道の水のように当たり前になってしまった、この素晴らしさ・・・ここがわからなければ、皮肉なことだけれど、逆に治安は悪化の一途をたどるだろうし、実際そうなっているよね。
だって、当り前のものなんて、誰も大事にしないのだから。


でも、人間そんなに馬鹿じゃない。とくに小さい子供は。
それは当たり前、という感覚が大人のように手のつけられないような頑迷さを帯びてはいないからというだけ。だから本来(あたりまえ)は無い、ということに気が付かなくてはならない。
悪意や暴力っていうものが、世界には満ち満ちていて、そういうものからは毅然と自分で身を護る、という(あたりまえのこと)を、大人が感じていないし、教えてもいない。
今の平和を十分に享受して、感謝することなく、人任せだから、子供もそれに習っておかしいことになるんだ。


この世の中には、危ないものが沢山あって、それから身を護る、大切な者たちを護る、財産を守る、そうやって悩みながら営々と歩んできた歴史を鑑みて、今の私たちの環境が、有難く、ちょっとない素晴しい状態なんだ、ということに、「生活者の視点」から気が付くことが出来れば、私たち自身がもっともっとエネルギーをチャージできるのにな、とおもいます。


有難きことに気が付くことが、現実を肯定的にとらえて、人を活き活きとさせてくれる秘訣。
個人が活き活きとしている生活者の集団は、健全な張りが保たれ、自己免疫、自己浄化、自己防衛本能も蘇ると思います。

おばあちゃんの太陽日記


祖母が亡くなる寸前までつけていた『太陽日記』というのがある。

祖母は武家の本尊、摩利支天を尊崇していたようで、毎朝神棚と仏前に長い時間をかけて祈ると、決まって朝日に向かって日輪の印を組んで、大きな口を開けて両の掌の真ん中にある太陽の光を吞み下す動作をしていた。

『太陽を呑んじまうんだよ』と言っていたが、それが実際どこから来た教えなのか、今となっては良くわからない。...

ただ祖母の古いアルバムの中には、伊与久一党で上毛の山々を金剛杖を持って巡拝している写真がある。摩利支尊天や不動明王のご真言や、六根清浄など、私も良く教わったものだが、それらはそういった山での体験に関係あったと言えるのではないか。

そもそも我が家は真田忍軍とも謂われた吾妻衆の家系。修験密教との所縁も深く、その出自は山の民であった可能性も考えられる。

そんな祖母がある日『にいちゃん、今日は太陽の中にこんな字が見えるんだよう。』などと言い、ノートに鉛筆で描いてみせた。

それは僕から見ると字には到底見えないようなものなのだが、変体仮名を究めた祖母としては、立派に崩し字だということで、それから毎日朝の太陽を見ては、その中に浮かんでは消える字?残像??を読み取って、ノートにつけるようになった。

僕は『あのね、それは網膜が火傷をしてるんであって、字な訳ないでしょ?それにそんなことを続けていたら目が潰れてしまうからやめなよ!!』と、再三注意をした。実は祖母がボケてしまったんだと思っていた。

しかしそんな孫の心配をよそに、祖母の太陽日記は継続していった・・・!

そしてとうとう『にいちゃん、この日はこんな天気になるよ』とか『昼過ぎから誰々が来るよ』などと言いだしたのだ。
ああ、やっぱりボケちゃったんだな・・・と情けない気持ちになったものだが、不思議なのは、それが時に、というか結構頻繁に正鵠を得ている、つまり現実を予言している?ようなときが出てきたのだ。

『おばあちゃんはさあ、毎日神様の前で、広く真っ直ぐな道を歩くような気持ちで拝んでいるんだ。それで太陽を喰っちゃうと、身体中が真っ白な光で一杯になるんだ。そうするともうおばあちゃんが神様になっちゃうんだよ。だから怖いものはなんにもないんだよ。』・・・本当に晩年はそんなことを言ってケロッとしていた。

一度など、しつこい宗教の勧誘員に向かって『あんたたちの神様も立派な神様かもしれないけど、あたしも神様なんだから家にはもう神様はいらないんだよ!!』と言い放つのを傍で聞いていて笑い死にそうになったこともあった(*´Д`)

ここで書くとちょっとアレなので書かないが、説明できないような不思議なこともあったり・・・そんなこんなで実に面白い祖母だったが、遺品の中のどこを探してもも、あのちいさなノートはみつからない。お棺に入れて燃やされてしまったのか、それとも今もどこかに仕舞われているのだろうか・・・?
今あれを見たら、いろいろ面白かったのではないか?時々あの不思議な日々を思い出しては、にんまりとすることがあるのだ。