2015年8月3日月曜日

嗅覚は大事だな

昔っから、自分の弱点を晒すことにあまり躊躇はないほうだった。

まあ、それは今もだけど。若き日のその意味するところは、また大きく違っていたんだと思う。

人の見ていないところでも、矩を超えずに、自分の身の丈に合ったあり方で居たい。今ではそれが一番効率がいい、居心地がいい、納まりがいい、と言う事を知っているから、逆に中々逸脱することがない。

でも、自分の身の丈、輪郭、キモ・・・何一つわかっていない破廉恥な青春期の僕は、もうこれはやってみるしかない、と思っていた。


恥を知る・・・というコトバの本当の意味は、恥をかいてこそ、はじめて判る事なのだと思っていたな。むしろ何もわかっていない自分を、あるがままに知る事が大事なのだと、僕の鼻は嗅ぎ付けていたみたいだ。
だから躊躇なく、思いつくままの事をやった。当然いろんな人に誤解された。



それでも自分の心は自分だけが知っている!って思って、信じた道にひた走っていた。高いところからも何度も飛び降りた。
恥ずかしいことばかりの青春・・・でも、恥ずかしさが快感にならなくてよかった・・・(*‘∀‘)ホントカナ?

信じた道そのものが、何度代わっても、信じる主体の自分は寸毫も変わらない。
そんな経験を幾度か繰り返すうちに、ある信念が芽生えてきた。
自分に対する認識が、これ以上ない否定感の中で醸造されてきた、といえるかも。


どんなことがあっても。あほでも、軽薄でも、卑劣でも、情緒不安定でも、怠慢でも、ヘンタイでも、くそでもみそでも・・・ふたを開けてみてみれば、自分の本性って拍子抜けするぐらい立派なものだった。なーんだ!

だからいろんな人を見ていても、なぜか安心感がある。
もちろん文句はたらたら。世の中に意見有る事山の如し・・・ではあるんだけど。

それでもいろいろな星の関係のさなかで、地球が回っているように、僕たちもつながり合って生きている、生きられている

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